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2007年12月

2007年12月31日 (月)

大繁盛

Img_0078Img_0081王徳新さんと、蒋さんの店、「広徳商事」に、年末の挨拶に立ち寄ってみた。店の外にはお客様の自転車が沢山あり、店内も多くのお客様で賑わっていた。年末年始休まず営業するとのことである。3日には、夕方から、ここで新年会があるとのこと。

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●森信三・魂の言葉(1月1日)

「人生二度なし」

そもそもこの世の中のことというものは、たいていのことは多少の例外があるものですが、この「人生二度なし」という真理のみは、古来ただ一つの例外すらないのです。しかしながら、この明白な事実に対して、諸君たちは、果たしてどの程度に感じているでしょうか。

すなわり自分のこの命が、今後50年くらいたてば、永久に消え去って、再び取り返し得ないのです。

2007年12月30日 (日)

幼なじみ

Img_0069_2昨日の、中学時代の同窓会に参加した者の中で、この4人が同期生である。 みんなそのころの性格、気性は全く変わっていない。私の左のS君は、バスケット部のキャプテンで、厳しいところもあり、鉄拳が飛んでくることもあった。なんかの時に、私が怒られて、はぶてて、「もう、辞める!」と言って家に帰ったことがあったが、他の同級生4人を家まで、連れてくて、私を説得しにきてくれたことがあった。私の右となりのY君は、中学校の校長を定年退職をして、今は、会社の社長をしている。彼とは、卒業後も良く飲んだりした。誠実な人柄で人望があり、生徒からも慕われていた。右はしのK君は、中学時代からトップクラスのエリートで、大企業の執行役員をしていて、まだまだ現役が頑張っている。同期生は5人いたが、I君は、残念ながら、亡くなってしまった。今年の同窓会でも、後輩が一人亡くなっていた。毎年これほど永く続いている同窓会も少ないと思う。また、来年もみんな元気な姿で顔を出して欲しいと願っている。(やはり私が一番若い!!)

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●森信三・魂の言葉(12月31日)

「今年最期の心願」

わが亡き後に、心通う同志の三名に手も、書も読まぬ集いだにあらば、姿なき身にてあれど、
 希くは予もまた、その一席末に列することを、許されむことをこれわが今生最期唯一の「心願」なり。

2007年12月29日 (土)

同窓会

Img_0075毎年恒例の同窓会(忘年会)が今年もティア愛と優しさの店で開催された。国泰寺中学校のバスケットボール部のOBの集まりである。今回も、姫路や福山からわざわざ帰ってこられたものを含めて25名も集まった。40年以上前に戻って、昔話に華が咲いた。毎年楽しみにしている恒例の行事である。

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●森信三・魂の言葉(12月30日)

「辞世代わりと思いて」

わが呼吸の底をささえていきませる
  神の御国に還りゆく身は

これの世に派遣しませし大御旨
  果しも得せで迎えとらるる

   念唱の詞
人間は 神の御国ゆ
生れしゆゑ
神の御国へ迎えとらるる

2007年12月28日 (金)

魚久の粕漬け

Img_0066わが家で、定期的に、通販で購入するものは、佐藤園の「田舎のビスケット」、それに写真にある「魚久の粕漬け」である。ここの鱈の粕漬けがとても美味しくて、買っていて今夜のおかずは、これだった。

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●森信三・魂の言葉(12月29日)

「心願」を内に

「心願」という問題は、どちらかといえば、人生の後半生にのぞんで、初めて問題になりかける問題といってよいかと思われます。ようやくにしてわたくしも、今後わが人生の後半を、いずこに向かって捧げたらよいかということが、おぼろ気ながらわかりだした気がいたします。したがって、「心願」とは、いかなるものに自己を捧げるか、その方向を希求しているものといえましょう。

2007年12月27日 (木)

今日も鍋

Img_0065_2年末ということで、何かとバタバタしている。恒例の「年末挨拶状」を1400枚、会社の年賀状を100枚投函してホッとしているところである。今夜のおかずも、昨日の鍋に、豚肉や、肉だんごを入れて、ポン酢で食べた。やはり冬は鍋がいい。

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●森信三・魂の言葉(12月28日)

「脚下の出発点」

「男女共学」というような教育制度の問題は、いま一度検討を要する時機にきているといえましょう。そこでわたくしの到達した即今直下の「着手点」としては結局、

(1)男はある程度両脚を開き、腰骨を立てて腰かけること。
(2)女子は腰かけた際、両脚をピタリとそろえて、長時間その姿勢を保つこと

以上は、現在のような男女共学制の下でも、直ちに着手しうる脚下の出発点です。

2007年12月26日 (水)

ふぐちり

Img_0065冬は、鍋料理がいい。今日は、下関の友人からいただいた河豚で、ふぐちりをした。とうふや野菜が沢山食べれるので、ヘルシーでいいし、体が温まって、とても良い。

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●森信三・魂の言葉(12月27日)

「孝の形而上学」

中江藤樹先生によりますと、親への孝養ということは、単に自分を産んでくれた一人の親を大事にするというだけでなくて、自らの親への奉仕を通して、実は宇宙の根本生命に帰一することにほかならない。

したがって、この点を説かれた先生の「全学」の学説というものは、現在の哲学的用法で申せば、まさに「孝の形而上学」というべきです。

2007年12月25日 (火)

サンタさん、三日目廃業

Img_0058Img_0064さあ、今日がティア愛と優しさの店での、サンタさん最終日と思ってはりきって行ったが、25日で、平日ということもあり、思ったより、お客様が少なくて、今日は、サンタさんは、いらないと言われた。仕方ないので、カナダカンに行って、「クリスマスディナー」のコース料理を食べた。写真左は、前菜の3種盛り合わせ(冬の魚の代名詞 カンパチのマリネ~柑橘風味~、冬野菜のあたたかいテリーヌ~ジェノバの風を添えて~、パリッと地鶏のロースト~甘辛いソースを使ったスパイシーな口当たりで~)、とても新鮮でどれも美味しかった。写真右は、カナダカンの入り口を入ったところの装飾。

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●森信三・魂の言葉(12月26日)

「全細胞」

すべて一芸一能に身を入れるものは、その道に浸りきらねばなりません。躰中の全細胞が、画なら画、短歌なら短歌に向かって、同一方向に整列するほどでなければならないでしょう。

つまり、わが躰の一切が画に融け込み、躰と一体にならねばなりません。それには、まず師匠の心と一体になるほどでなければ、真の大成は期し難いでしょう。

2007年12月24日 (月)

サンタさん二日目

Img_0057今日も、ティア愛と優しさの店で、サンタさんをした。小さい子がとても喜んでくれて、話しかけてきたり、ヒゲを引っ張ったりする。とても楽しく、サンタさんをさせてもらっている。

2007年12月23日 (日)

サンタクロース

Img_0049Img_0048今日から三日間、ティア愛と優しさの店にて、恒例のサンタクロースをする。小さい子供達に、「メーリークリスマス!」と、言って、プレゼントをあげる役である。小さい子が握手を求めてきたり、手を振ってくれたりしてとても楽しい。今日は、逆に小さい子から、あめ玉のプレゼントをしてもらった。左の写真は、ティアのオープンからずっと、続けて頑張ってくれている楊さん!

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●森信三・魂の言葉(12月24日)

「行動俊敏」

80歳を境にして、わたくしには、前途が何ともいえぬ明るい展開が開けたような感じがして、そのあまりの激変に、実はわたくし自身が驚いている次第です。

同時に80歳を境にして、実践面でわたくしが第一に取り組むことにしたのは、日常生活におけるその挙措動作を「俊敏」にということです。それにしても何という辱けない世界が開けてきたものかと、われながらまったく感謝の極みという気がいたします。

2007年12月22日 (土)

ゆず湯

Img_0047冬至を辞書で引くと、「二十四気の一つ。一年中で太陽が最も南に傾く時。またその日。北半球では昼が最も短い日。十二月二十二日ごろ。 夏至(げし)」と、書いてある。ラジオでは盛んに、ゆず湯に入ると良いとか、カボチャを食べる習慣があるとか言っている。
家に帰ってみると、ちゃんと、ゆず湯が沸いていたし、カレーの中に、「かぼちゃも入ってるけんね」と、女房が言っていた。昔からの習慣は、守って行きたいと思った。

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●森信三・魂の言葉(12月23日)

「人たるの道」

現在もし道元、親鸞、慈雲という三人の方がこの世に生きておられるとしたら、わたくしはいろいろと考えたあげくのはてに、道元や親鸞よりも、むしろ慈雲尊者に弟子入りしたいですね。

それというのも、わたくしとしては、道元の高きに至りえず、また親鸞の深さにも至りえないので、結局「人間に生まれたいじょうは人間らしい人になれよ」と説かれた慈雲尊者の大慈悲心の前にひれふしたい思いです。

2007年12月21日 (金)

今日の壮眞くん

Img_0031Img_0042年末に向けて、栄ちゃんアイスも忙しくなってきた。優子と二人で作るのだが、その間、実家で女房が壮眞くんの面倒を見てくれている。たっぷり乳を飲ませて来るのだが、必ず、「緊急電話」が入ってきて、「壮眞くんが、泣き出した」と呼び出しがある。「ガソリン補給」ということで、優子が実家に帰って(5分で帰れる)、母乳を補給してきて、再度、アイス作りをしている。それにしても、壮眞を見ていて、どんな仕草も可愛くて、ずっと見ていても、飽きが来ない。私と女房が、壮眞くんが来るととても喜ぶので、優子は毎日のように連れて来てくれている。

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●森信三・魂の言葉(12月22日)

「80歳を境にして」

80歳という境を越えて一番深い感慨は、この世の中にはいかに多くのすぐれた人がおられるかということであって、それは正しく満天の星座の無量多の聖心のそれのごとくだとしかいいようのない感慨です。

もう一つ、80歳を境にして起こった心の変化は、人には少なくともそれぞれの長所美点があって、それらはいずれもわが身の及ばない長所であり、美点だということです。

2007年12月20日 (木)

年末挨拶状の写真

Img_45932毎年、年賀状は出さないで、「年末挨拶状」というのを出させて頂いている。最近は、家族の写真を載せて、それぞれに、コメントを添えている。今年は、左の写真を使うことにした。急いで、印刷をしないと投函が間に合わなくなってしまう(^_^;)

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●森信三・魂の言葉(12月21日)

「衣服革命」

わたくしにとって第二の誕生ともいうべきものは、満79歳を迎えた歳の暮れ、神戸三の宮の商店街を歩いていて、ふとヤング用の霜降りオーバーを購めたときに始まったのです。それは昭和50年12月23日の午後4時半でした。

それは80歳をすぎて、人生がいよいよ面白くなってきたのです。そしてその第一はまず衣服革命です。そして第二は行動俊敏、第三は、丹田の充実です。

2007年12月19日 (水)

お掃除仲間

Img_0014_216日の南区の楠那中学校での掃除に学ぶ会に、県議会議員の中原好治先生(写真中央)が、インターンの学生さんを数名連れて参加して下さった。中原先生は、10年以上も前から南区での掃除に学ぶ会には必ず参加して下さっている。県議会議員といういうえらい先生なのに、われわれ、お掃除仲間と同じように、ひたすら便器磨きをされている。いつもニコニコされていて、明るくて謙虚でとて素晴らしいお人柄である。

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●森信三・魂の言葉(12月20日)

「未発の中」

「未発の中」とは、『中庸』にある「喜怒哀楽の未だ発せざる、これを中といい、発してみな節にあたる、これを和という」に基づくもので、これを現代風に表現すれば、われわれ人間の心意の未だ発現しない全的充実の状態が、ここでは「未発の中」という言葉によって表現せられているわけです。したがって生命の全的充実である「未発の中」に対して、それをわが身に体する工夫こそ、「丹田之常充実」の努力に他ならぬわけです。

2007年12月18日 (火)

今日の昼食

Img_45401_2週に1回は、「きさく」に行ってこの汁無し坦坦麺を食べる。お持ち帰りも、一人前買って帰るので、週に2回は、この坦坦麺を食べていることになる。この山椒の「ピリピリ感」が何とも言えなく美味しくて、病みつきになっている。

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●森信三・魂の言葉(12月19日)

「青木此君楼」

今日、自由律の俳人として放哉・山頭火の名を知らない人はいないでしょうが、しかし此君楼となると、その名を知る人はきわめて少ないでしょう。いわんやその真価のほどを深く認識している人に至っては、真に寥々として数えるほどしかないともいえましょう。

だがわたくしは信じます。やがて心ある人々によって、この青木此君楼の真価の認識せられる火は必ずや来るし、また来ぬわけにはいかぬということを----

2007年12月17日 (月)

お食い初め

Img_0018壮眞くんの「お食い初め」をした。なんだか不思議そうな顔をしていた。鯛の身を口に当てると、美味しそうに、口や舌を動かしていた。その仕草がとても可愛かった。

「お食い初め」が終わったら、誠さんと、私で、「お飲み初め」ということで、ビールを痛飲した。

ガハハハーーーーーーー!(^○^)

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●森信三・魂の言葉(12月18日)

「人はいかに生くべきか」

頑鈍無比のわたくしもこのころになって、ようやく幽かながらも、人生の意義ともいうべきものがわかりはじめたかに思われるのです。それは「わが身の分際に応じて多少なりとも周囲の人々に喜んでもらえるような生き方をしたい」ということです。

このごろ全国各地の学校を訪ねて、初めて逢う子らにも、できるだけ笑顔をもって接し、朝は「おはよう」とあいさつの声が掛けられるようになったのも、私の心の変化の現れの一端であります。

2007年12月16日 (日)

掃除に学ぶ会

Img_1608第147回広島掃除に学ぶ会が南区の楠那中学校・楠那小学校で行われた。年末ということで、総勢で80名ほどと、定例会としては、少ない人数で行われた。寒い中をみなさん、一生懸命取り組んで下さり、和気藹々と楽しく掃除が出来た。

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●森信三・魂の言葉(12月17日)

「金原省吾氏」

氏の専攻は東洋美学であり、わたくしの専攻は哲学ですが、わたくしと不思議に契合したわけです。また金原さん島木赤彦の愛弟子です。数ある歌の中でわたくしのいちばん好きな歌は次の一首です。

 山鳩の声きくといは遠々し 父のみ魂をありとし思わむ

これは金原省吾さんが、学制をつれて大和の室生寺を訪ねたときに詠まれた歌とのことであり、一代の絶唱といってよいでしょう。

2007年12月15日 (土)

戦略MG塾

Img_0010今年最後の戦略MG塾が行われた。今回は福山から梨木夫妻と池田さんが来られて、なんとか1卓が成立をしたMGのあとは、戦略社長塾を行い、それから、近所の居酒屋で、交流会をした。交流会には、バーコードさん、末長さんも合流した。

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●森信三・魂の言葉(12月16日)

「明治人」

維新後に生まれた「明治人」の中で、土性骨のしっかりしていると思われる人は、だいたい明治元年から10年までの間に生まれた人が多いと思うのですが、いかがでしょう。それは結局、学制発布が明治5年ですから、要するに、「学校制度」のワクにはめられなかった人々ということでしょうか。たとえば西田幾太郎先生や西晋一朗先生をはじめ、芦田恵之助先生とか西田天香先生なども、みな明治10年以前に生まれた方々です。

2007年12月14日 (金)

ベストショット

589愛子の結婚式の写真をプロの人が700枚くらい撮ってくれて、3枚のCDにしてくれた。その中で、一番良かったと思った写真がこれである。最後に、「お父さん、おかあさんへ」の手紙を読んでいるところで、私たちは、泣くのに忙しくて、前の方は余り見ていなかったが、こういった瞬間があって、「ああ、優しい男性と結婚して、愛子も良かったなあ」と、感じているところである。

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●森信三・魂の言葉(12月15日)

「高群逸枝」

わたくしは明治以後の女性では、与謝野品子よりも平塚らいてうよりも、高群逸枝を推したいですね。最初は詩人として出発しながら、やがて社会問題に対しても関心を抱き、そして後半生はついに日本女性史の研究に捧げたわけです。

一見したところ、非常に多面的でありながら、つまり一種の霊的な感性があって、時に妖気を放っているとさえいえそうです。

2007年12月13日 (木)

新しいデジカメ

Indexmain今まで使っていたCANONのIXYの液晶ガラスが割れてしまって使えなくなった。修理しても高く付きそうだし、相当古くなったので新しいIXY910iを買った。デジカメは、最初にIXYが出たときから、ずっとIXYばかりを使ってきて、これで5台目くらいになる。広角28mm、液晶3.0型ということで、この機種にした。望遠もかなりのものがあり、結構気に入っている。今まで、カメラケースなど買ったことが無かったが、液晶も割れるということがあったので、大事に使おうということで、ケースを買った。今のところ、かなり気に入っている。

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●森信三・魂の言葉(12月14日)

「特殊の才能をもつ女性に」

わたくしは、女性といえども、真に才能を持つ人でしたら、大いにそれを発揮し、実現するがよいと考えている人間であります。女性が個性を発揮すれば、同じ程度の仕事でも希少価値だから、男性の何倍もの価値があると考えています。

ただし女性が個性発揮の道へ進もうとしたら、結局は独身を覚悟しなければならないというのです。なおつけ加えると、必ずしも「独身主義でなければならない」と申しているわけではないのです。

2007年12月12日 (水)

天才くんが号泣!!

641595息子の天才くんが号泣しました。彼女に振られたわけではありません。これは愛子の結婚式で、最後の「おとうさん、おかあさんへ」を、聞いているときです。「おいおい」と声まで出して泣いていました。天才くんは、式が始まる前から泣いていましたが、この時が頂点のようでした。本当に仲の良い3人兄妹だったので、感極まったのだと思います。

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●森信三・魂の言葉(12月13日)

「共稼ぎ」の問題

近頃では、サラリーマン階層の間に共かせぎ夫婦が急激に増加しつつあり、これはわが国の社会にとって、きわめて重視すべき問題と思うのであります。

なぜかといえば、(1)夫婦が共に家を外にして働きに出て、(2)しかも働く場所も違えば、(3)仕事の内容も違うわけです。男は自分の妻とは別のところで、他人の妻と一緒に働き、妻も、自分の主人と別に他の男性の下で働くというわけで、いかに不自然なものかということです。

2007年12月11日 (火)

玄関の置物

Img_0008Img_0006出勤前に、ふと玄関の靴箱の上を見ると、可愛い置物がいつの間にか置いてあった。左側は、クリスマス用で、右の写真は、来年の干支のネズミの置物がさりげなくおかれていた。季節を感じて、なんとなく、心が癒される気がした。

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●森信三・魂の言葉(12月12日)

「次代の後継者」

とにかく、女性のユルミは男性に比べて、より深く民族の弛緩につながるとともに、女性が健全な状態を保っているかぎり、民族の安泰といえましょう。

それというのも、女性は次代の後継者を産み、かつ育てる重責を負うているがゆえです。こうした点から考えても、わが国の現状は、真に深憂の極みといってよいでしょう。

2007年12月10日 (月)

新しいイス

Img_4696Img_4702壮眞くんの出産祝いで頂いた新しいイスに初めて座らせてみた。まだ少し首の座りが悪いので、頭がフラフラするが、とても嬉しそうに座っていた。最近は、あやすと、笑ってくれるようになり、とても楽しい。

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●森信三・魂の言葉(12月11日)

「週休二日制」

「週休二日制」などというがごとき、不公平な制度が、いまや高度文明国民によって唱えられつつあり、そしていわゆる識者と称せられる人々によって、それが礼賛せられつつあるということは、これを「宇宙の大法」に照らしてみるとき、その正邪のほどはいうを要せぬほどに、自明といってよいでしょう。ここにもまた、自称「文明国民」にとって、深省を要する重大問題といえるのであります。

2007年12月 9日 (日)

臨時掃除に学ぶ会

Img_4706Img_1557二日連続での臨時掃除に学ぶ会である。今日は、瀬野川中学校で、生徒さんた100名、それに広島掃除に学ぶ会、呉掃除に学ぶ会から、28名が参加してくれた。昨日の掃除道具は、呉掃除に学ぶ会さんが用意して下さったので、連日の掃除に学ぶ会だったがとても助かった。寒い中を多くの生徒さんが参加してくれて、熱心に便器磨きをしてくれていて、とても素晴らしいと思った。

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●森信三・魂の言葉(12月10日)

「母性の本質」

現在のわが国の社会では、いわゆる共かせぎという問題があり、家を外にして働くに出ることが、その子に及ぼす影響は、じつに計り知れないほど深く、かつ大きいと思います。

このような深刻きわまりない問題に対して、当の女性自身の考え方が不確かであるということが、いちばん深憂に堪えないことであります。将来ににより母性の変質をきたすことになりましょう。

2007年12月 8日 (土)

馬さん宅で忘年会

Img_4703Img_4704中国から馬さんのご両親が広島に来ておられ、招かれたお邪魔をした。曽さん家族、王徳新夫妻も呼ばれていて、中日友の会のミニ忘年会になった。馬さんのお母さんの手作り料理や馬さんの韓国料理等を美味しく頂いた。

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●森信三・魂の言葉(12月9日)

「勤・倹・譲」

わが国は、(1)資源皆無のうえに、(2)国土狭小、(3)そのうえに、1億2000万人という人口をかかえている国家です。人口密度は全世界中、最高の過密国のひとつです。

それゆえ以上の諸条件から考えるとき、結局二宮尊徳翁の言うように、(1)頭を使ってよく働き、そして(2)出来るだけ節約をし、(3)余った物はこれを他に譲る----という勤・倹・譲の人生の三大原則は、われわれ日本民族にとっては、まさに永遠の真理といってよいでしょ。

広島大学での掃除に学ぶ会

Img_4679Img_4695臨時掃除に学ぶ会が東広島市の広島大学の総合科学部で行われた。町田教授の「世界平和はトイレ掃除から」という働きかけで、大学から学生、職員を含めて30名、広島掃除に学ぶ会、呉掃除に学ぶ会から50名が参加した。広島掃除に学ぶ会は、設立して13年目に入っているが、大学での掃除に学ぶ会は初めてである。日本を美しくする会としても、大学でのトイレ掃除は珍しくて、鳥取大学の次に広島大学とのことである。写真右は、左から、キムタク、町田教授、布川先生、松山さん(女房の学生時代からの友人)。

2007年12月 7日 (金)

初肩車

Img_0423Img_0410最近の私の合い言葉は、「ギャル、ギャルより壮眞くん」で、壮眞の顔を見るのが唯一の楽しみになっている。今日は、初めて、肩車をしてみたが、まだ、首がうまく据わっていないので、ぐらぐらして、不安定だった。

2007年12月 6日 (木)

龍の家族で昼食

Img_4671龍の家族で昼食をした。平日限定ランチ・祇園セット630円を食べた。いつも昼食は、麺類しか食べないので、これだけでは物足りないと思って、ミニラーメンを頼んだ。食べていると、丁度、天才くんが来ていて、「このラーメンが余分じゃあないの」と、言われた(^_^;)

今日は、栄ちゃんアイスを作る日だったが、優子が風邪でダウンしたので、一人で老骨に鞭打って頑張った。二人でもかなり忙しいのに、一人でやると、トイレに行けないほど、作業に追われてしまう。何とか、宇土さんに手伝ってもらいながら作ることができた。年のせいか、かなり足腰がガクガクしてしまっていた。

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●森信三・魂の言葉(12月7日)

「人類の歴史は進歩するか」

「人類の歴史ははたして進歩するか」という問題に対して、わたくしの答えは、人類の歴史は、進歩するとともに、また退歩の危険性も大いにありうるということであります。

今後人類の歴史は、表面上からは、いよいよ発達する自然科学的文明の進歩によって、一見限りなく進歩するかのように見えつつ、その内面的生活面では、しだいに廃退となり、多分に皮相化するばかりです。

2007年12月 5日 (水)

家族で、あさ菜ゆう菜へ

Img_4675Img_4676愛子が新婚旅行(ニージーランド)から帰ってきて、実家に来たので、家族みんなであさ菜ゆう菜へ夕食に行った。旅行先の話などで盛り上がった。壮眞くんは、あさ菜ゆう菜では、お父さんが頑張って仕事をしているせいか、いつも起きて笑ったり泣いたりしている。愛子は三原市に嫁いだので、そうそう実家に帰ることはないと思うので、ゆっくりと一家団欒を楽しんだ。

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●森信三・魂の言葉(12月6日)

「自然科学的文明の弊害」

現在われわれが直面している種々の問題のうち、自然科学的文明の弊害が、いまようやく深刻になりだしました。

さしあたり食物の問題を考えてみましても、農業の問題をはじめ、いろいろな防腐剤、着色料によって加工せられた食品が氾濫している実態と、社会環境的にも、交通事故をはじめ、大気の汚染から、河川の汚染、否、最近では海水の汚染まで重大な問題となりつつあります。

2007年12月 4日 (火)

コンピュータートラブル

Img_4650社内での、コンピュータートラブルがあると以前は、Kさんというコンピューターに超強い社員がいたが、退職してしまってからは、その役を私がしている。今日も、龍の家族とカナダカンとで、パソコンの調子が悪いということで、両店に行って、どうにか解決をした。(写真は、カナダカンの夜景)

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●森信三・魂の言葉(12月5日)

「食糧問題」

現在わたくしは玄米食とミソ汁と若干の野菜を主として、それ以外はあるも可、なきもまた可という生活をしていますが、これは節約が第一目的でなく、将来人類の食糧不足の場合を考え、玄米とミソ汁だけで、少なくともわれわれ日本人としては、万一の場合はどの程度の粗食で、いかほどの活動しうるかについて、秘かに実験を試みつつあるといっていいでしょう。

2007年12月 3日 (月)

プロの写真

Img_4658Img_4660先日、壮眞くんのお宮参りの後に、「子供写真館」に行って、写真を撮ってもらった。さすがプロだけあって、シャッターを押すタイミングがうまい。いくら泣いていても、色んな方法で、あやして、一番良い顔をした時に、シャッターを押す。さすがプロという写真を何枚も撮ってもらっていた。10枚くらいをアルバムにして、10万円くらいかかり、かなり高い?と思うが、出来映えをみて、「さすが」と納得しているところである。

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●森信三・魂の言葉(12月4日)

「われわれ島国日本」

わたくしの考えでは、日本論ないし日本文化論を考えるうえで最も重大は点は、わが国が島国だという点にあります。

いまから10年前、わたくしが「日本文化論」を出すまでは、邦人にしてこの点に着目し、言及した人は、一人もなく、わずかにトインビーが、その数年前わが国を訪問して、各地で講演した際の講演速記の『歴史の教訓』以外には、ついに一冊も見あたらなかったのであります。

2007年12月 2日 (日)

坊主が3人

Img_4633坊主といっても、スピーカーのBOSEじゃあないよ。舟入に安くて美味しい焼き肉屋があるので、坊主3人で行った。昔ながらの焼肉店で、ご夫婦で経営をされていて、値段も良心的で、キムチ100円、キューリキムチ150円と、格安だった。たらふく食べて、飲んで、最後の仕上げは、ラーメン+ライスで、さすがに、酔っぱらって・・腹一杯になり、ちょっと気分が悪くなるほどだった。

Img_46303人の坊主とは、この三人で、三人ともかなり酔った顔をしている。左で一番、毛が少ないのが、言わずとしれたキムタクで、真ん中が、誠ちゃんで、優子の旦那さん。右が山ちゃんで、女房の弟。山ちゃんとは、昔一緒に仕事をしていたので、あの頃の話で大いに盛り上がった。話の中心は、山ちゃんの武勇伝に終始した。

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●森信三・魂の言葉(12月3日)

「世界史は、人間の業(ごう)の展開」

60代はいったいどのようにして開かれたかと申しますと、それは、「世界史は人類の業の展開なり」という真理に達したのであります。それというのも戦後国外からリュック一つで引き揚げてきたわたくしは、文字通り「地獄のどん底」ともいうべき惨苦の底にあえぐことまさに10年にして、ちょうど60歳を迎えることになりまして、ようやく一縷の微光が射しそめるようになりました。

2007年12月 1日 (土)

今日の壮眞くん

Img_4612_2優子が毎日のように、壮眞くんを連れて、実家に来てくれている。掃除や夕食の準備をしてくれていてとても助かっている。私としては、毎日のように壮眞くんを会えるので、それが唯一の楽しみである。夕食時に、起きていると写真のように、隣に座って、あやしながら、食べているととても楽しい。最近の壮眞くんは、「●▲□◆※◎○むにゃ、むみゃ」と、何をしゃべり出していて、とても可愛い。

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●森信三・魂の言葉(12月2日)

「世界史は『神曲』なり」

50代に入って開かれた世界は、いったいどのようなものだったのでしょうか。孔子の場合には、それは「知天命」の一語に表現せられているわけですが、わたくしの場合には、それは実に「世界史は『神曲』なり」という一句によって啓示せられたのであります。それは当時満州の建国大学にいたわたくしの50歳は未曾有の敗戦によってその幕が切って落とされたのであり、壮大かつ深刻な真理によって、魂の開眼を与えられたわけです。

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天才くん

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