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2009年3月

2009年3月26日 (木)

写真日記はお休み

しばらく、井辻栄輔の写真日記はお休みします。

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森信三・魂の言葉(3月26日)

「さんしゅゆの花」

一年中でわたくしは、早春の候をもっとも好みますが、そのせいか花についても、おのずから早春の花を好むようです。花の中でわたくしがいちばん好きなのはさんしゅゆの花です。ほとんど花ともいえないようなあの細かな黄色い花の気品に心引かれるわけです。ある早春の一日を、伊賀の上野に遊んだとき、城下町の武家屋敷の原形を留めている一軒の家の庭に沸いていたさんしゅゆの花は、今でもその情景を忘れかねるほどです。

2009年3月24日 (火)

カナダカンで昼食

009008久し振りにカナダカンで昼食をした。今週のおすすめパスタランチの(B)シャキシャキ大根となめ茸のタラコソースのほうを食べた。あっさりとしてとても美味しかった。

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森信三・魂の言葉(3月25日)

「食物について」

食物についてその要点を申しますと、
(1)玄米食に切り替えること。玄米食は日本人にとっての食の原点であることをよくわきまえること。
(2)野菜類を豊富にとること。
(3)タンパク質は肉類からでなく、なるべく植物性の蛋白に切り替えること。すなわち豆腐その他、大豆からつくったものにすること。
(4)白砂糖を減らすこと。

2009年3月23日 (月)

ひろしまランメンで昼食

152新装したひろしまランメンで昼食をした。イベント中のせいか、10人くらい方が待ち席で、待っておられた。20分くらい待ってやっとすわれ「特製ランメン」(写真)と餃子をたべた。ボリュームがありとても美味しかった。

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森信三・魂の言葉(3月24日)

「私の学問的信条」

私の学問的信条の根本は、

(1)真理は現実の唯中にあり、したがって書物の中には存せず(書物は真理の映像)
(2)現実そのものには何らの境界線もなき以上、いわゆる「専門」と称して学問にわくを設けて、それ以外を隔絶するは誤りなり。
考えてみれば、私の学問は学問論が主だともいえましょう。もっとも「学問論」そのものを扱ったのはただ一冊の「学問方法論」があるだけです。

2009年3月22日 (日)

第162回広島掃除に学ぶ会

Dvc000153月度の例会が庚午小学校で行われた。予定していた学校が中止になったために、急遽、お願いをしたが快く引き受けて下さった。100人あまりの参加者で、少人数ながら、楽しく、掃除が出来た。児童が楽しそうに便器磨きをしてくれていたのが、印象的だった。

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森信三・魂の言葉(3月23日)

『情念の形而上学』

私は「全一学ノート」の肉づけをした『全一的世界』を昨年書き、これをもって著述の終わりとなるだろうと思っていましたが、最近スピノザが読みたくてたまらなく、まったく夢中になって読んでいたら、いつの間にやらもう一冊「情念の形而上学」という一書を書かずには死ねない----という気になり、この夏に下稿を書くつもりです。このように今度の本はスピノザに触発せられて孕んだわけです。

2009年3月21日 (土)

広島MG交流会

Img_2471今日のMGは、1卓5人だけだった。宇土さんが、外出許可をもらって一緒にMGをした。交流会は、宝ビルのすぐ近くの鉄鍋餃子屋さんで行った。餃子が美味しいと講評だった。(左から変顔の鈴木さん、堀さん、森本さん、キムタク、玉村さん、宇土さん、手前のたこ入道みたいな頭が、バーコードさん)

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森信三・魂の言葉(3月22日)

「宗教と哲学と教育」

私は生涯を通して学問として哲学を学んできたわけですが、私の場合には、宗教と哲学という三大領域が互いに相即し融合しあっているのでありまうS。

すなわりそのうち一番根本の宗教的信ともいうべきものの、自己の内容を体系的に自証しようとするのが哲学ですが、その哲学としてのいのちの自証が、対他的---とくに年少のいのちに対して発動を開始するのが、私には教育と考えられるわけです。

2009年3月20日 (金)

第9回広島便教会

Img_2468第9回の広島便教会が庄原市口和中学校で行われた。広島掃除に学ぶ会では、世話人ということで、裏方の仕事をするので、全くトイレ掃除が出来ない。この広島便教会では、一参加者ということで、便器磨き、トイレ掃除が出来るので、とても楽しい。

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森信三・魂の言葉(3月21日)

「一人の同志」

この世でます一人を得ることが大事でしょう。つまり一人の同志を得ることがいかにたいへんかを知るべきでしょう。それにはあくまで一対一の呼応を大切にすべきでしょう。

それには言葉の慎みが何より大切で、親しき間柄になればなるほど、細心の注意が必要であり、堆でハガキの活用が何より不可欠でしょう。

2009年3月19日 (木)

広島便教会の前夜祭

150庄原市口和町で、広島便教会の例会があるので、前泊をした。口和町の「わたりや」で、農家を改装した「宿&食事」のできるところで、林さんのお勧めの店だ。こちらのリクエストと、特上の比婆牛をいろりの炭火で焼いて食べて、最高に美味しかった。

151_2 庄原3人組(左からナイダスさん、スキンダさん、らっきょさん)と、河合先生の男ばかりの宴会で、イマイチ、盛り上がりはなかったが、楽しく食べたり飲んだりした。

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森信三・魂の言葉(3月20日)

「廊下の紙屑」

廊下の紙屑というものは、それを見つけた人が拾ってやるまで、いつまでもそこに待っているものです。もっともこれは、紙屑を拾うように努めている人だけが知っている消息なんですが-----

このように、世の中には、実践しなければわからない世界が限りなくあるのです。足元の紙屑一つ拾えないで、何が実践ですか、といいたいです。

2009年3月18日 (水)

ひろしまランメンの第二創業

Dsc03615赤色が基調だった「龍の家族」から、黄色が基調変わった「ひろしまランメン」の外装。メニューも創業時代に近いものを採用して、第二の創業ということで、今後の展開をしていうとのこと。

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森信三・魂の言葉(3月19日)

「察」のこころ

人間はある意味では「察」が根本です。「察」とは、推察・洞察・透察・明察等の「察」です。そしてこの「察」たるや、自然に身につくものではなくて、修行によって磨かれねばなりますまい。

「一日一信」などもその修行法の一つといえるかもしれません。なお「一日一信」は最初から継続期限を決めるほうがよいでしょう。そして一応は百信が適当であります。

2009年3月17日 (火)

ひろしまランメン復活!

Img龍の家族が「ひろしまランメン」に、3月19日(木)に、リニューアルオープン!!

ひろしまランメン生誕の地に、復活してまた、今後の展開を計っていく。

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森信三・魂の言葉(3月18日)

「この子のお陰で」

あるお方に

悲しみの極みといふもなほ足りぬ
いのちの果てにみほとけに逢ふ
     ●
知的障害児や身障児をもつ親御さんは、悲観の極、必ずはこの子とともに身を滅したいとの念いに駆られるようですが、しかもその中で人間としての眼を開かせてもらえたという自覚に至るようです。

2009年3月16日 (月)

一目惚れ(*^_^*)

Img_2417YAMAHA楽器店を巡回していたら、写真の楽器があって、この形、色、大きさに、一目惚れをしてしまった。NETで値段を調べて、即、購入した。ハワイのブランドだが、made in china なので、音が心配だったが、音色も良いし、音の狂いもなく、とても満足している。

Img_2420ウクレレの大きさには4種類あって、今回、買ったのが、中央のコンサートウクレレで、左がテナーで、もう一つ大きいのがバリトンで、右にあるのが普通サイズである。

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森信三・魂の言葉(3月17日)

「言葉のしつけ」

「しつけの三ヶ条」というものは、家庭教育の土台づくりといってよく、幼少の間に、すなわち、その事柄の意味などわからぬ間に、最基本的な行動のルールとして子どもに身につけさすわけです。

なお以上の他に、言葉のしつけとして次の二つを付加すれば一応完璧といえます。
(1)「ありがとう」と、
(2)「ごめんなさい」、
前者は感謝の念のタネ蒔きであり、後者は、自己反省を表する最初歩のタネ蒔きといってよいでしょう。

2009年3月15日 (日)

楊晨雨さんの卒業式

Img_2447楊さん、広島国際大学大学院修士課程の卒業式に、身元保証人として参加させて頂いた。楊さんは、まじめに、勉強をされて無事卒業されて、父親がわりとして、とても嬉しく思っている。楊さんの彼女にも紹介していただいた。可愛くて、とても聡明な女性でした。

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森信三・魂の言葉(3月16日)

「ハイ」の返事

一家の主婦にとって「ハイ」といいたくない一番の相手は、ご主人です。ですからこそ「ハイ」という一語によってその女は、「我」を捨てるわけです。

つまり、それまでの意地っ張りの一切を投げ捨てるわけです。同時に、それによって当の本人はもとより、一家の人びとの雰囲気までが変わり出すのです。

2009年3月14日 (土)

臨時掃除に学ぶ会

Img_2442臨時掃除に学ぶ会が二葉中学校で行われた。生徒会が中心に毎年、行われている。先生、保護者もとても熱心に、トイレ掃除に取り組んで下さる。最後に、生徒会長が指揮のもと、全生徒が前に整列をして、掃除に学ぶ会のみんなに、大きな声で「ありがとうございました。」とお礼を言って下さり、「一本締め」(写真)で、締めくくってくれた。

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森信三・魂の言葉(3月15日)

「家庭の太陽」

女性というのは、何よりもまず家族の人々の心を温かく包んで、わが子を素直な、かつ人に対して温かい思いやりのある人間に育てねばならぬと思います。

それがためには、女性の徳の最も大事なことの一つとして、昔から「堪え忍ぶ」ということが貴ばれてきたのは、女性はつねに自分の激情を抑え、そうすることによって、家族全員の心を吹き荒らすようなことのないことが、何より大事だからです。

2009年3月13日 (金)

黒ごま担々麺

Img_2416先日、女房と中広のラーメン「紺屋」に行った。女房はあまり、ラーメンは好きでないが、この店のラーメンは口に合うようで、時々一緒に行く。私は、黒ごま担々麺を頼んだ。き○くの汁なし担々麺は、山椒が効き過ぎて、時々、あなかの調子が悪くなるが、紺屋の担々麺は、体に優しいというか万人向きで、刺激があまり強くなくて、とても食べやすくて、その上、とても美味しい。

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森信三・魂の言葉(3月14日)

「夫婦の間柄」

夫婦のうち人間としてエライほうが、相手の言葉によって直そうとしないで、相手の不完全さをそのまま黙って背負ってゆく。夫婦関係というものは、結局どちらかが、こうした心の態度を確立する他ないようです。

ともかく夫婦というものは、良きにつけ悪しきにつけ、お互いに業を果たすために結ばれたといえましょう。

2009年3月12日 (木)

壮眞とティアへ

Img_2425優子と壮眞と三人で、ティアへ昼食に行った。バイキングなので、壮眞の好きなものが選べる。壮眞は、うどん、にんじん、むずびだけがあれば良い。それにしても、少しもジッとしていなくて、ごそごそしていて、こちらが食べるどころではない。

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森信三・魂の言葉(3月13日)

「恋愛について」

恋愛とは一体いかなるものでしょうか。それに対してわたくしは、恋愛とは造物主が、男女の両性を結合させるために仕かける、一種のトリックだと考えるのであります。

実際、子どもを生み子どもを育てるということは、実に大変なことですから、「恋愛」という一種の非常手段でも訴えないかぎり、人間はなかなか結婚したがらないわけであります。

2009年3月11日 (水)

創業社長墓参の日

Img_2415毎年、父の命日前後に、「創業社長墓参の日」と決めて、全社員が墓参をしている。創業社長に感謝し、創業の心を、再確認する上でも、一年の間でも大切な行事の一つになっている。

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森信三・魂の言葉(3月12日)

「結婚について」」

恋愛結婚と見合結婚のうち、いずれがはたしてよいかということについては、どうも一般的な結論はだしにくいといえます。この点についても「すべて現実は一長一短」だということがおわかりになられたかと思うのであります。したがってわたくしは、どちらがよいなど申すことはできませんが、ただ、恋愛結婚の場合は、我がままの出ないように、十二分の覚悟が必要だと思うのです。

2009年3月10日 (火)

二つ折りのお好み焼き

Img_2390優子が「母さんが、鉄板でお好み焼きを食べたいと言っていたから」ということで、海田にある優子の友人のお母さんがやっているお好み屋に行った。昔ながらのお好み焼きで、直径30センチもある大きさで、最後は写真のように二つに折り曲げて出してくれる。最近のお好み焼きは、殆どが丸のままで、出されるが、この二つ折りも風情があって良い。女房は、いつもは半分は残すのだが、「美味しい、美味しい、キャベツが甘くて、ソースがいらないくらい」といいながら、珍しく、1枚全部をたいらげた。

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森信三・魂の言葉(3月11日)

「良否の基準」

「倦きがこない」ということが、美術品とか芸術品の基準となるといってもよいでしょう。結局は、人為という計らいのないということが、その根本になるといってよいでしょう。倦きがこないというのは、それだけ「天」に通じる趣があり、そのために、そういう作品は、一見へたなように見えても、結局は人々に好かれるというのではないでしょうか。

2009年3月 9日 (月)

痺れるほど旨い!!

148久し振りに、舟入に「汁なし担々麺」を食べに行った。山椒がピリリと効いて、一口目から、口と肛門がヒリヒリする感じで、正に痺れるほど旨いというのが実感である。

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森信三・魂の言葉(3月10日)

「リズム感を磨く」

歌や俳句をやることは、リズム感を磨くうえで、もっともよい方法だと思います。リズムとは結局、生命のうねりなのです。歌をつくるには、最初は立派な歌集を良く読むことです。とくにその中から自分のもっとも好きな歌を五首か八首選んで、それを暇さえあれば、毎日朗々と声を出して暗誦するんです。そのうちに自分もちょっと作ってみたくなり、そうしてできたものを、その道の先達に直していただくわけです。

2009年3月 8日 (日)

宇土真理子さんを囲む会

Img_2401お掃除仲間が集まり「宇土真理子さんを囲む茶話会」が、ティア愛と優しさの店で行われた。入院して40日目でずいぶん元気になられ、外出許可も頂いて、友人とピアノの連弾も披露してくれた。ティアは、宇土さんにとっては思い出の場で、ティアの前のお店で、高校時代にアルバイトをしていた。その後、ティアでヴァイオリン演奏してくれるようになり、井辻食産に入社されたという経緯がある。何はともあれ、ずいぶん元気になっておおられ、お掃除仲間に励まされて、ますます元気になったようである。

Img_2398多くのお掃除仲間に参加して頂き、感謝、感謝である。

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森信三・魂の言葉(3月9日)

歌集「悲天」より

数奇な命運をたどり、幾たびか幽囚の人として鍛えぬかれた益荒男ぶりの歌人三浦義一という人の歌集に、「悲天」というのがありますが、その中でわたくしの最も好きな歌は、

武蔵野を遠く流れて来し川の
 木のこころは寂しかるらむ

の一首で、その声調が雄大で、しかも永遠の寂寥感を秘めているからです。

2009年3月 7日 (土)

一万トンバース

Img_2392女房の友人から、宇品の一万トンバースに、豪華客船が来てると教えられたので、壮眞が喜ぶと思って連れて行った。壮眞に見せたけど、全く反応が無く、そばで、バスケットボールで遊んでいたアベック?に混ざって遊んでもらっていた。(写真は、裕子さん、優子、壮眞、女房)

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鍵山秀三郎一日一語(3月8日)

「宋不旱の歌碑」

数機なる歌人宋不旱の歌碑が、彼の郷国たる熊本の水前寺公園の一隅に建てられています。

郷里になほ身を寄する家ありて
 春辺を居ればうぐひすの鳴く

この歌は、彼が生活のどん底に陥り、ついに一家離散の運命を避けられず、妻子と別れ、乳飲み子を懐にして、郷里なる肥後の来民(地名)の親族の許に身を寄せた際の作と言われています。深い哀愁をたたえつつ、何と清々しいことでしょう。

2009年3月 6日 (金)

花粉症

Img_2345今年も、眼が痒くなり、鼻水が出て、花粉症になってしまっている。すぐに、ちり箱が、ティッシュで一杯になってしまう。早くこの季節がすぎてくれることを望んでいる。(写真は、いつも可愛い壮眞くん)

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森信三・魂の言葉(3月7日)

「運命超克の一路」

「運命」というのは、自分の計らいによらないで、自己に与えられたもの---という意味でありまして、それらに対しましていかに対処するかということこそ、人間の生き方の根本眼目を成すともいえます。

こうした「運命の綱」と破って「超克の一路」を拓くについて、一つの「黄金のカギ」を差し上げたいと思います。つねに自己に与えられているマイナス面を、プラスに逆転し、反転させて生きるということです。

2009年3月 5日 (木)

IL Pastaioで昼食

Img_2386昼食は、IL Pastaioで、週替わりパスタランチのB 鶏そぼろとしめじの和風カルボナーラを食べた。麺は、タリオリーニを選んだ。12時前にIL Pastaioへ行ったのだが、満席で、待ち席には2組のお客様がおられた。10分ほど待ってやっと座れた。

Img_2387■デザート3品盛り・食後に、300円プラスで、このデザートが食べられるのでとてもお値打ちである。

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森信三・魂の言葉(3月6日)

「長所と短所」

人間の長所短所の問題について、私の考えでは、知識とか技能というような、いわば外面的な事柄については、一般的に短所を補うというよりも、むしろ長所を伸ばすほうが、よくはないかという考えなのです。

これに反して、自分の性格という、内面的な問題になりますと、私は、長所を伸ばそうとするよりみ、むしろ欠点を矯正することから始めるのが、よくはないかと思います。

2009年3月 4日 (水)

タンステーキ

146定期的に行きたい店の一つに「狄」(てき)がある。以前、メニューから消えていた「タンステーキ」が復活しているので食べてみた。肉食動物の私としては、なかなかの美味で、キャベツと交互に食べると絶品である。

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森信三・魂の言葉(3月5日)

「人生の師」

われわれ人間というものは、「師」を持たなければなりません。そしてその師が終生をつらぬく「人生の師」であったら、それはこの世における最上のしあわせであるともいえましょう。

それはどうしてかと申しますと、書物に書かれた真理を平面的だとすれば、「師」を通して得られる真理は立体的だからであります。と申しても、決して書物が無用だなどという意味では毛頭ありません。

2009年3月 3日 (火)

鍵山相談役の新刊

Img_2385鍵山相談役の新刊が2冊発行された。「仕事の作法」「人生の作法」で、システムジャパンの亀井さんの編集である。「仕事」と「人生」に分けて、体系的に、鍵山思想をまとめてあるとので、とても読みやすく、勉強になる。

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森信三・魂の言葉(3月4日)

「生きがいのある人生」この世において何が一体幸せな生活か、それを一口でいってみますと、それは生きがいのある人生を送ることだといえます。では、「生きがいのある人生の生き方」とはどういうものかと考えますと、

(1)自分の天分をできるだけ発揮し実現すること。
(2)今ひとつは、人のために尽くすこと。

この二ヶ条は、人生の生き方の最も根本的な二大原則であります。

2009年3月 2日 (月)

写メ

Dvc00015時々、愛子、優子が、孫の写メを送ってきてくれる。いつも楽しみにしている。今日は、優子が、「壮眞がおむつをかぶってる写メ送るね」と、いって送ってきた。可愛く面白いので、一人で笑っている。

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森信三・魂の言葉(3月3日)

「1回限りのマラソン競争」

われわれ人間の一生は、ただ1回のマラソン競争みたいなものでありまして、もしそうだとしたら、それについてコースのだいたいの見当がついているか否かということは、たいへん大事なことです。

現在自分は、決勝点まで、一体どの地点を走っているか、ということを、忘れないことが大切です。その結論として、われわれ人間は、人生の決勝点に入るまでの人生の長さをつねに忘れず、一日一日の生活の充実を期せねばならぬと思うわけです。

2009年3月 1日 (日)

ハンチング

142壮眞は、ずっと帽子を嫌がっていたのだが、最近は、帽子をかぶってもいやがらなくなった。起こったりすると、この帽子を、地面に叩きつけることがあるが、その仕草が可愛くて面白いので、大笑いをしてしまう。

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森信三・魂の言葉(3月2日)

「出逢いの哲理」

「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎないときに---」

これは「出逢い」の内に秘められた、神意というか、天意のめぐみについてその哲理の表現でありますとともに、一見、偶然と見られる事柄も、すべて必然性の作用によるということです。

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