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2009年7月

2009年7月30日 (木)

また、しばらくお休みです。

都合により、写真日記をしばらくお休みします。 

2009年7月28日 (火)

城崎にて二日目

Img_3047揃いの服を着た孫と遊んでいる。みんなは何度も温泉に入っているが、私は、1回しか入っていない。花より団子で、温泉より、料理とお酒を満喫している。

2009年7月27日 (月)

城崎にて

Img_2895愛子、優子が私たち夫婦を二泊三日の「城崎温泉ツアー」を企画し、招待してくれた。久し振りに、孫の囲まれて、楽しくゆったりした日を過ごしている。

2009年7月26日 (日)

合同掃除に学ぶ会

Img_2892庄原掃除に学ぶ会の林会長の母校の三次高校で、庄原・呉・広島合同の大会が行われた。本稿は、7年連続7回目の開催で、何度も参加されている生徒が多くおられ、楽しい雰囲気の会だった。

掃除終了後、林さんの奥さんの実家でお好み焼きをご馳走になった。何故か、類は友を呼ぶというか私たちのテーブルは、毛がない人が多かった。(写真)

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森信三・魂の言葉(7月27日)

「真の哲学者」

人生の切実な諸問題、たとえば「死」とか「性」とか「食」とか「金」とかいうような事柄に対して、たたえ随筆や記録の形態にもせよ、とにかく自己の見解を披瀝するところのない人が、いかに雄大な体系を構築したとしても、そういう人を真の「哲学者」と呼ぶのに、わたくしはどうも躊躇いたします。.

2009年7月25日 (土)

前夜祭(庄原)

Img_2889_2明日の三次高校での掃除に学ぶ会の前夜祭が庄原で行われた。志賀掃除に学ぶ会の加藤さんも来られ、庄原の皆さんと楽しい飲み会をした。美味しい料理と楽しい仲間Img_2889と飲むお酒はとても美味しかった。

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森信三・魂の言葉(7月26日)

「名利の念」

名・利----名誉とか利益とおかいうものは、ほうんとうは相対的なもの、すなわち真に絶対的なたよりになるものではないにもかかわらず、しかもそのことが真にわかるためには、われわれ人間は、まさに「死」に近いほどの苦悩を味わいつつ、これらを通過しなければならぬわけです。

それゆえわれわれ人間は、真実には頼ることのできないこの名・利というようなものを。いつまでも絶対視し、そのために生涯苦悩するわけです。

2009年7月24日 (金)

今夜のビール

200大体、晩酌は缶ビール2本で、調子が良い時は、これに焼酎の水割り1杯飲む。缶ビールは、健康のためということで1本はアサヒのスタイルフリーにしてもう一本は美味しいビールをということで、エビスビールが定番になっている。時々、エビスのホッtプとか、プレミアムを飲んだりする。今夜は、アサヒから新しく出た「ザ・マスター」を飲んでみた。ちょっとヨーロッパのビールのような感じがして、こくがあって美味しかった。

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森信三・魂の言葉(7月25日)

「実のなる果樹」

「秋になって実のなるような果樹には、春、美しい花の咲く樹はない」

すなわちブドウにしても、梨にしても、ミカンにしても、決して牡丹や芍薬などのように、華やかな美しい花をつけないということであります。

ふつう一般の人々の生き方としては、たんに春の一時期の華やかさで終わる花よりも、やはり秋の結実の確かさのほうを選ぶべきだと思うのであります。

2009年7月23日 (木)

今日は、冷やし汁なし担々麺

198先日、きさくで、おみやげ用に、暖かいのと冷たいの買っていたので、今日は冷たいのを食べた。(写真) 紅い色が目立つがこれは、唐辛子でなくてトマトのようである。それにレモンの風味もあり、冷たい汁なし担々麺は、暖かいものと製法はまったく違うように感じた。冷たいのもたまに食べると美味しいが、やはり暖かいほうが私は好きである。

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森信三・魂の言葉(7月24日)

「素読読本」

われたの民族は、その使丁の少年期に東西文化へのタネ蒔きをする必要があり、それには、神道は「大祓の祝詞」を、また儒教は「論語の学而編」に始まるその精要を、また仏教では慈雲尊者の「人となる道」(略法語)、及び「聖書」の一部分を、小学4,5年生から中学1,2年の間に暗誦せしめるのが要であり、かくして初めて、他日東西文化融合への縮図づくりへのタネ蒔きたりうるでありましょう。

2009年7月22日 (水)

おかあさんといっしょ

Img_0357今日も孫ネタです。壮眞は、MHK教育TVでやっている「おかあさんといっしょ」が大好きで、良く見ている。そのDVDを買ってきて、家で、最初は、BOSEのDVDプレーヤーで見ていたが、壮眞がガチャガチャいじくってしまうので、2回ほど故障して修理に出した。これはたまらんと思い、壮眞用に小型のDVDプレーヤーを買ってこれで見てもらっていた。次に私のI-Phoneで、you-tubeから検索して、お母さんといっしょを、映すと(写真)、これに凝ってしまって、はなさなくなってしまっている今日このごろです。

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森信三・魂の言葉(7月23日)

「読書の力」

読書というものは、いわばその人の人生経験の内容と、その意味を照らし出す「光」といってもよいものです。

結局わたくしたちは、平生読書を怠らぬことによって、つねに自己に対する内観を深め、真の正しい実践のできるような人間になることだといえましょう。このように読書・内観・実践という三段階は、人間として進歩し深められていくプロセスと思うのです。

2009年7月21日 (火)

今日も汁なし担々麺

197昨日、きさくで、お持ち帰りの汁なし担々麺を買ってきていたので、今日の昼食はこれを食べた。自分で作ってもほぼ、きさくで食べると同じくらいのものが食べられる。こつは、(1)麺のゆで時間、(2)麺の水を良く切ることである。店で食べるときは、上にネギが乗っているが、自分で作るときは、最初から、汁と一緒にネギを入れておいて、その上から麺を入れて混ぜる。

二日続けたせいか、朝のトイレの、学校の門(こうもん)が、かなりヒリヒリした。恐らく、女房からまた、「とうさん、辛いもの食べたじゃろ。便器に、黄色い輪ができとるよ」と、怒られそうである。

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森信三・魂の言葉(7月22日)

「読書入門」

読書への入門は、そのまま、また道への初歩的入門ともいえましょう。真に読書の門へ入るには、「一日不読 一食不喰」というような、ある意味では厳しいともいうべき態度で臨むべきでしょう。

また読書は、結局「書物の選択」の一語に尽きます。これが一切に優先する根本第一義で、この一事を誤らなかったら、どくしょというものは、あんがい易々たるものである、実はひじょうに楽しいものなのです。

2009年7月20日 (月)

自分流汁なし担々麺の食べ方

192無性に汁なし担々麺が食べたくなって、久し振りに「きさく」に行った。開店の10分前に行ったらすでに、数人が並んでいて、開店と同時に満席になって、ますます繁盛しているようだ。

私流の食べ方だが、 冷麺と暖かい麺があるが、これは、暖かいのに決まり!量は普通、大盛り、Wがあるが、私は、大盛り、トッピングは、ネギ、温泉卵、肉があるが色々試してみたが、ネギだけで決まり!辛さを聞いてくれるが、普通で決まり!(以前、辛いのを頼んだらかなり下痢をしたので・・)、それにライスを注文する。

193_2汁が下のほうにあるので、10回ほど良くかき混ぜる。POPには、「混ぜれば混ぜるほど美味しくなる」と書いてある。ごはんを食べながら、麺を食べる。一口入れた瞬間、肛門がヒクヒクするくらいに、山椒が効いてくる。

194ご飯を半分残しておいて、麺が食べ終わって、汁が少し残っているので、そのご飯を入れて良くかき混ぜる。ごはんがべとべとして糊みたいになっているが、いくら大盛りにしても50円なので贅沢は言えない。こうして混ぜて食べるとなかなか美味しい。ご飯を半分食べた時に、今度は、酢(黒酢)を入れると、またひと味違った美味しさになる。

これで終わりではなくて、車に乗って、爪楊枝で、歯の掃除をすると、ネギや山椒の味がしてこれがまた美味しいし、朝、トイレに行ったら、肛門がヒリヒリして、これがまた美味しい。

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森信三・魂の言葉(7月21日)

「金銭について」

金銭というものは、ある程度はどうしても欠くわけにはゆかないが、同時にそのために、金銭の奴隷にならぬばかりか、逆にこちらが主人となって、お金を支配してゆくようにならねばならぬということです。

もう一つ大事なことは、よしんば金持ちになれなくても、金に困らぬ人間になるようにということです。まず社会の一員として、「基礎蓄積」をつくるということでしょう。

2009年7月19日 (日)

嶺登

190日記ネタがないときは、孫ネタに限る。旦那さんが広島で飲み会があるということで、また、愛子が実家に泊まりに来た。嶺登の成長ぶりがめまぐるしい。どこへでも這っていって、一人で遊んでいることが多い。嶺登は愛子に、壮眞は優子にと双子の小さい頃の顔に良く似てきた。ホントに孫は可愛い。

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森信三・魂の言葉(7月20日)

「心の腰をすえる」

もし諸君らにして、真に意義ある人生を送ろうとするなら、人並みの生き方をしているだけではいけないでしょう。

それには、少なくとも人の一倍半は働いて、しかも報酬は、普通の人の二割減くらいでも満足しようという基準を打ち立てることです。そしてゆくゆくは、その働きを二人前、三人前と伸ばしていって、報酬のほうは、いよいよ少なくても我慢できるような人間に自分を鍛え上げていくのです。

2009年7月18日 (土)

じいちゃん、じいちゃん

187家の近所にある布袋さん(写真)を見て、壮眞が、「じいちゃん、じいちゃん」と言い出した。今まで、通っていて、言わなかったのが、急に、指さして「じいちゃん、じいちゃん」と言い出して、みんなで大笑いをした。最近は、「ばあちゃん」も言えるようになった。ますます、可愛くなってきた。

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森信三・魂の言葉(7月19日)

「親への孝養」

親への孝養とは、たんに自分を産んでくれた一人の親を大事にするだけでなく、親への奉仕を通して、実は宇宙の根本生命に帰一することに他なりません。

これが、藤樹先生のいわゆる「大孝」の説であり、今日の言葉でいえば、まさに「孝の形而上学」:というべきでしょう。

たらちねの親のみいのちわが内に 
  生きますと思ふ畏(かしこ)きろかも

2009年7月17日 (金)

うどんの「とく一」

189吉島方面に行ったので、うどんのとく一で昼食をした。私はぶっかけうどん(写真)、女房は、カレーうどんを食べた。女房は、色んなところでカレーうどんを食べるが、ここが一番美味しいといって、好んで食べている。

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森信三・魂の言葉(7月18日)

「教育者としての根本条件」

教育者として具すべき最根本条件の第一は、「自己の人生の生き方の探求者」でなければならぬということです。第二の条件としては、児童・生徒に対する「人間的愛情」の持ち主ということであり、第三には世界人類に対して我々日本民族の負うべき「文化的使命」を中心ふかく憶念している人であるべきです。以上の三点をもって、真の食育者たるための絶対的条件と考えるしだいです。

2009年7月16日 (木)

IL Pastaioで昼食

Img_2884メニュー変更があって初めて、IL Pastaioに行った。大きな違いは、「生パスタ」専門店ということで、乾麺(スパゲティ)は、メニューから無くして、生パスタの「タリオリーニ」か「フェットチーネ」を選ぶようになった。今日は、2種類のタラコのパスタを、タリオリーニで食べた。200円プラスで「大盛り」に出来るのがうれしい。

Img_2885

デザート3品盛りで、なんとプラス300円で食べられる!!
栄ちゃんアイスの「マスカルポーネアイス」がとても美味しかった。(自画自賛)

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森信三・魂の言葉(7月17日)

「真理は感動を通して」

毎年新学期の講義始めに、ハッスル言葉は、「真理は感動を通してのみ授受せられる」という一語です。

そもそも「教育」作用と呼ばれるものには、
(1)まず教師自身の深い感動と、
(2)それが相手の胸に訴えて感動の波動を巻き起こすだけの力のあること、
されにそれによって、
(3)相手がその人なりにその生きた真理の実践に着手すること-----という以上三段階の心的作用が予想せられるわけです。

2009年7月15日 (水)

酵素風呂 雅

Img_2850福富町の酵素風呂・雅がある。以前、女房が新聞で見て、「行ってみたい」と言うので、行ったが、その後定期的に行っている。酵素風呂に入ると、体温があがるせいか、とても体調が良くなるそうである。私は、風呂と女が嫌いなので、ロビーで壮眞の盛りをしながら待っている。

帰り際に、我々の車が見えなくなるまで、店主が手を振ってくれる。「ああ、また、来たい」という気分になる。

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森信三・魂の言葉(7月16日)

「仏教における五徳」

一、敬 二、愛 三、和 四、譲 五、施

仏教は、実践の徳という観点からは、上記の通りです。すなわち人は師を敬することによって真に人生を愛することがわかりましょう。敬によって私愛は浄化せられます。かくして相互敬愛、相愛により、相和に至り、初めて他に譲るという譲徳を生じます。そして譲の極みが、人間最高の「施」に帰結します。

2009年7月14日 (火)

雨の日サービス

Img_2857先日、ひろしまランメンに、行って、「チャーハンセット」を注文したら、「今日は雨の日サービスで、トッピングが1品付きます」と、言われたので、煮卵(写真)をお願いした。なんだか得した気持ちになった。

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森信三・魂の言葉(7月15日)

「人間の甘さ」

人間は苦労することによって、この世の中の厳しさが分かります。それはいいかえますと、人間の甘さが除かれるということでもあります。

「人間の甘さ」とは、一体どういうことかと言えば、
(1)自分自身を実際以上に買いかぶること。
(2)他の人の真価が正しく評価できないこと。

その甘さを徹底的に除いてくれるのが、逆境の試練というものです。

2009年7月13日 (月)

嶺登

Img_2845愛子が三原市に住んでいるので、孫の嶺登には、月に1~2度しか逢えない。実家に来るたびに、成長度合いが分かり、会うのが楽しみである。嶺登は愛子の小さい頃に良く似ていて、良く笑って愛嬌のある顔をしている。たまにしか会えないので、私のことが、おじいちゃんとはまだ理解出来ていないようだ。壮眞のように、はやく、「じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん」と、連呼出来るようになって欲しいと思っている。

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森信三・魂の言葉(7月14日)

「奉仕業」

われわれ人間は、この肉の体をもっているかぎり、「業」(ごう)の根切りということは、真に容易なことではありません。しかしそうはいっても「奉仕」の実践により、次第に業根が細っていくことはたしかなようです。

もっとも、その奉仕の仕方なりは時代によって異なり、結局は、一人一形式という他ないのでしょうが-------
(業とは、身・口・意の上での煩悩)

2009年7月12日 (日)

やきとん

Img_2872今日は、東京から広島へ移動した。昨日は、掃除リーダー研修会が終わったあと、広島掃除に学ぶ会から一緒に参加してくれた鈴木さんと、麻布十番にある「やきとんのあべちゃん」に行った。(変顔が鈴木さん)ここのやきとんは大きくてとても美味しい。もつ煮込みも絶品である。生ビール、黒ビール、紹興酒、酎ハイなどをかなり飲んで久し振りに二日酔いするほど飲んだ。

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森信三・魂の言葉(7月13日)

「謙虚な気持ち」

わたくしたちが「感謝」の念を抱いたり、有難いという気持ちになるには、かえりみて「自分はそれを受けるに値しない」という謙虚な自覚が、その根底に予想されるということです。

現在の自分の生活のすべては、自分のような人間にとっては、もともと受けるに値しないというように考えられるとしたら、不足不満というものは一切ないわけで、そういう人こそ、真に幸せな日々を送っている人といえます。

2009年7月11日 (土)

掃除リーダー研修

Img_2864東京の三宿中学校で、掃除リーダー研修会があった。ブロック長、本部世話人、各ブロックからの代表30名くらいが集まった。掃除に学ぶ会の運営の仕方や、リーダーの役割など、鍵山相談役、田中会長(写真)、ご参加のもとに、熱い論議がなされた。

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森信三・魂の言葉(7月12日)

「誠実ということ」

「あの人はたいへん誠実な人だ」という場合は、「あの人は正直な人だ」というよりも、いっそうその人の人生に対する態度が窺われるといってもよいでしょう。

ところでまず誠実な人とは、その人の「言行の一致」、すなわちその人のいうことと行うことの違わない人--------という感がいたします。されに誠実な人には、たとえ人が見ていようがいまいが、関わりなく、やり続けることが含まれております。

2009年7月10日 (金)

オルオル・ウクレレサロン

Img_28602ヶ月に1回、ウクレレ交流サロンが開催されている。数回、開催されたが、ちょっと堅苦しい雰囲気だったので、もっとリラックスした楽しい雰囲気にしようということで、名称も、オルオル(楽しい)・ウクレレサロンと変更された。前回よりは、力が抜けて楽しい雰囲気だったように感じた。

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森信三・魂の言葉(11月日)

「良寛戒語」

幸いにも修行期の良寛の心構えが、いかに厳しく、かつ細やかだったかということを窺うべき、一つの手掛かりあるのです。それは『良寛禅師戒語』と呼ばれるものです。

何歳頃にできたものか、おそらく相当の年配になってからのものでありましょう。とにかく、まとまったのは、老年に入ってからであるとしても、要するにこれは、若い時代からの修業上の工夫の、生涯の決算とみてよいかと思うのです。

2009年7月 9日 (木)

あさ菜ゆう菜で夕食

Img_2856三原市にいる愛子と嶺登が帰省したので、家族で、あさ菜ゆう菜に夕食に行った。嶺登がずいぶんしっかりしてくて、良く笑ったり、泣いたりして表情が豊かになってきた。二人ならべてみると、やはし従兄弟どうしか、良く似ている。こうして、孫を抱いている時が、至福の時である。

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森信三・魂の言葉(7月10日)

「慎独とは」

われわれが気品のある人間になるためには、何よりもまず根本のこころの曇りをはらうようにしなければなりません。

それには、慎独、すなわち、人間がただ一人いる場合にも、深く己れを慎むということです。他人と相対する場合、わが内心の曇りをはらうことは、もとより大切ですが、しかし気品を高めるうえから申せば、一人を慎むということのほうが、ある意味ではより大切だともいえましょう。

2009年7月 8日 (水)

アロアロ

Img_2819私が通っているウクレレ教室が、「アロアロウクレレ教室」で、今日も行ってきた。明後日、発表する曲の練習をした。自分ではあまり上達したという実感は無いが、目に見えないスピードでうまくなっているのかもしれない。)写真と文面は関係ありません。)

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森信三・魂の言葉(7月9日)

「職業観」

西洋における職業という言葉の原意は、Vocationであって、「使命」とか、さらに神による「召命」という意味であります。

いうなれば、われわれ人間は、各人の職業を通してその個性を発揮し、それによって社会に奉仕するという考えがその根底にあるのでありまして、こうした深い職業観に、わたくしは十分に敬意を払わずにはいられないのであります。

2009年7月 7日 (火)

壮眞の寝顔

Img_2826日記の話題が無いときには、「孫ネタ」に限る。壮眞は、車に乗ると良く寝る。帰ってもまだ寝ている時は、起こすと可愛そうなので、私が車の中で一緒に起きるまで待っている。時には、1時間以上になることがあるが、可愛い孫のためなのでまったく苦痛とは感じない。

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森信三・魂の言葉(7月8日)

「人間の一生(2)」

しかし50の声を聞いたときには、たいていのものが息を抜きますが、それがいけません。「これからが仕上げだ」と、新しい気持ちでまた10年頑張るのです。すると60ともなれば、もう相当に実を結ぶでしょう。

月並みの人間はこのへんで楽隠居がしたくなりますが、それから10年頑張るのです。すると、70の祝いを盛んにやってもらえるでしょう。しかも、それからまた、10年頑張るのです。このコースが一生で一番おもしろいと思います。

2009年7月 6日 (月)

KFC

185昔から、ケンタッキーフライドチキンが大好きで、定期的食べたくなる。今、テレビで、激辛のチキンの宣伝をしているので、買って食べてみた。私にはもっと辛いほうが良いという感じだが、やはり美味しい!!

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森信三・魂の言葉(7月7日)

「人間の一生」

職業に上下もなければ貴賤もありません。世のため人のたけに役立つことなら、何をしようと自由です。

しかしどうせやるなら覚悟を決めて10年やるのです。するち20歳からでも30歳までにはひと仕事できるものです。それから10年本気でやるのです。

すると40歳までに頭角を現すものですが、それでいい気にならずにまた10年頑張るのです。すると50歳までには群を抜くでしょう。

2009年7月 5日 (日)

臨時掃除に学ぶ会

Img_2841臨時掃除に学ぶ会が、豊平中学校で行われた。遠いにもかかわらず、広島掃除に学ぶ会か20名くらいの方が参加してくれた。豊平中学校は、先生方、地区の方も熱心に、取り組んで下さりとても嬉しく思っている。生徒さんも、みんな明るく素直で、キビキビしていてとても気持ちが良い。

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森信三・魂の言葉(7月6日)

「仕事処理のコツ」

仕事の処理について大切なことは、仕事の本来軽重をよく考えて、それによって事をする順序次第を立てるということです。

さて次には、まず真っ先に片づけるべき仕事に、思い切って着手するということが大切です。次に大切なことは、一度着手した仕事は一気呵成にやってのけるということです。同時にまた、仕上げはまず80点級というつもりで、とにかく一気に仕上げることが大切です。

2009年7月 4日 (土)

わんわん、大好き

Img_2840壮眞は、犬が大好きです。近所の人が犬を連れてきたら、ずっとそばにいて、「可愛い、可愛い」をしている。

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森信三・魂の言葉(7月5日)

「ハガキ活用の達人に」

「人生の達人」などということは、お互いに及びもつかぬことですが、せめて「ハガキ活用の達人」くらいには、努力してなりたいものだと考えていますが、それすらなかなか容易なことではありません。

そのための第一要諦は、一切前置きを書かず、最初から用件を書き下せねばなりません。しかも簡単な文章の中にもおのずから、その人の人柄が滲み出て、幾度も読み返したくなるようになってこそと思われますが、何と難しいことでしょう。

2009年7月 3日 (金)

トマトシャーベット

Img_2835ティア愛と優しさの店での「栄ちゃんアイス」は、私が素材にこだわり、安全安心・無添加・無香料で作っている。今日はトマトシャーベットを作った。このトマトは安佐南区の上野さんが作っている「空中トマト」といって、水耕栽培で、地上1メートルくらいの高さで栽培されている。このトマトは甘くてとても美味しいので、シャーベットにしてもとても美味しかった。

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森信三・魂の言葉(7月4日)

「日常の心構え」

諸君は階段を上がるとき、まるで廊下でも歩くように、さらさらと上がる工夫をしてごらんなさい。というのも、人間の生命力の強さは、ある意味ではそうしたことによっても、養われるといえるからです。

つまり階段の途中まできても、平地で歩くと同じような調子で上がるのと同じように、人生の逆境も、さりげなく越えていくようにありたいものです。しかしそのためには、非常な精神力を必要とするわけです。

2009年7月 2日 (木)

多種多芸

Img_2833相変わらず、壮眞が可愛くて面白い。玄関を入るやいなや、元気いっぱいの声で「じーちゃーん。じーちゃーん!」を、連呼してくれる。最近は色んな芸が出来るようになって、それをさせるのがとても楽しい。写真は、歯をむき出して全身に力を入れているとこで、何かのひょうしにこのようなことをするようになった。あとは、「ウィンクして」と言ったら、片眼が出来ないので、両目でウィンクをしたり、鼻の穴に指でコチョコチョをすると、「ハックション」と、咳をしたりする。色んな芸が出来るようになってますます可愛くなってきている。

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森信三・魂の言葉(7月3日)

「人間として大事な二ヶ条」

人間として大事なことはたくさんあって、いちいちあげたら、まったく際限のないことだといってもよいでしょう。ところで、ギリギリのところまでしぼっていって、最後に残るものは何かということを、ハッキリさせるKとのほうが、実際より大事ではないかと思うのです。

(1)いったん決心した以上は、必ずやり抜く人間になるということ。
(2)人に対し親切な人間になること。

以上の二つだと思うのです。

2009年7月 1日 (水)

ティアの7月のイベント

Img702ティアでは、毎月月替わりでイベントを開催しています。日々、違った料理が食べられるので楽しいですよ。

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森信三・魂の言葉(7月2日)

「精神的鍛錬」

ところで人間は、「暑い」「寒い」といわなくなったら、そしてそれを貫いていったとしたら、やがては順境を越える境地にも至るといってよいでしょう。順境というのは、ていねいにいえば「順境・逆境」ということです。

総じて精神的な鍛錬というものは、肉体的なものを足場にしてであにと、本当にのりにくいものなのです。たとえば精神的な忍耐力は、肉体上の忍耐力を足場として、初めて身につくものです。

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